「 ソネバフシへ 」

第三章 闇夜の晩餐

日没とともに、砂浜だけの小島・サンドバンクでのカクテルパーティーを終えて、いよいよソネバフシへの上陸を目指した。

夜の帳のおりたソネバフシの桟橋に到着し、先ずは宿泊するヴィラへと案内される。

ヴィラは島の海岸線に並んでいる。ヴィラまでは島の中央部の木が覆い茂った小ジャングルの中の道となる。

何やら色々な動物の鳴き声がこだまする闇夜の小ジャングルを、ナツミさんが運転する専用バギーで走る。

「こちらの奥がヴィラになります」と、ナツミさんから渡された部屋の鍵には、木材を魚型に削って、

部屋番号が焼き印された素朴なキーホルダーに付いていた。なかなかカワイイ。

カワイイは日本の専売特許なのに、このセンスにはやられた感があった。

そんなことを思いながら、ドアの鍵を開けて部屋に入ろうとしたのだが、躊躇することになった。

脱ぐべき靴を履いていないことに違和感を覚えた。しかし、ここはソネバ、「NO SHOES」とつぶやいて、

足の裏に付いてきた砂を多少床に撒きながら入室して荷物を確認し、ディナーを急いだ方が良いというナツミさんのバギーに戻った。

 

ソネバフシにはいくつかの趣向のレストランがあるが、週に一回はメインレストランである「NINE(ナイン)」で

バイキング形式の共通ディナーとなる。サンドバンクでカクテルパーティーからバイキングへと、

プライベート感の高いソネバフシにあって、ゲストが一堂に会せる今日は、週に一度のお祭りのようなものだ。

到着した日に祭りを味わえたことに幸運を感じた。

席は浜辺の波打ち際に設けてくれた。テーブルのオイルランプの光だけで、あたりは暗闇である。

波の音で海だけが存在感を主張している。

 

元シェフという経歴を持つローリーさんがジェネラルマネージャーを務めるソネバフシは、

料理も興味深いものがあると聞いていた。ソネバのオーナーであるソヌ氏はインド系イギリス人であるからなのか、

インド料理のシェフ・ラヴィは創業当初からいるベテランで、その腕はいわずもがなであった。

世界一予約の取れないレストランと称されたスペインの「エルブジ」で腕をふるっていたという若きシェフ・ホセは、

創作性に富んだユニークな料理を展開している。和食と韓国料理を融合させるような新しい味に挑戦しているシェフもいた。

リゾートで料理が素晴らしいという話は陳腐に聞こえるかもしれないが、ソネバフシの料理は食べるものに

何かを話しかけてくるような力を感じるのだ。

 

後日、ソネバフシを案内されてその秘密がわかった。ソネバフシでは、多くの野菜を自家菜園で栽培していた。

サンゴ礁の島で様々な野菜の栽培に成功している。モルディブの砂地を畑にするため、土はスリランカから持ち込んだという。

そして、英国から来たマッシュルームの専門家ゴードンは、ハイテク技術を用いてシイタケの栽培に着手していた。

また、現在、練りワサビを使用しているが、私が滞在中に、「全てフレッシュなワサビを使うように」とちょうどオーナーのソヌ氏から

指示がでたところだった。

食材を“仕入れる”のではなく、“育てている”レストランの料理に、何かの力がやどらないわけはない。

食材を扱うシェフの心意気も違ってくるはずだ。

そうしたソネバフシの料理をレストランのサービスマネージャーのアリが海辺のテーブルに運んできてくれた。

しかし、どうにもテーブルのランプ一つではまともに料理の姿も見えない。ちょっといただけない条件ではあるが、

ソネバフシの料理は、暗闇でも波音でその存在を示せる海のようだ。

栽培から調理までにかかわった全ての作り手たちの力を蓄えて、暗い皿にあっても、その存在をしっかりと主張していた。

お腹を満たした私は、ソネバフシに来たのだと実感しはじめた。

 

食後のコーヒーをいただく頃に、波打ち際に目をやると、蛍のような光が沢山またたいていた。

目を疑ったが、発光性のプランクトンが波などの外部との衝撃と反応して光るという。波打ち際に沿って、まるで天の川のようだ。

料理の美味しさと島の美しさに歓迎された満足で、ごちそうさまを言った。

最後に、椅子の背もたれに身を任せてのけぞり、身体を伸ばして天を仰いでみた。見たこともない美しい満天の星だった。