「 ソネバフシへ 」
第一章 タクシー乗り場
コバルトブルーに翡翠が透けて見えるような色合いの駐機場に、水上飛行機群がプカプカと整列している。
機体は、黄と青、赤と白のツートンにペイントされた2種類があり、どちらも可愛らしい。
飛行機群の向こうに焦点を合わせると、やはりコバルトブルーに翡翠が透けて見えるような色合いの滑走路を、
愛らしい飛行機が滑走し、青空に飛び立っていく姿が映る。
目に映る光景は、アニメの中に飛び込んでしまったような色使いでもあり、映画のセットのような光景でもある。
旅では些細なことでもその気持ちが高揚するものだが、大がかりな仕掛にはまると、それこそ身も心もその世界観に持っていかれる。
ソネバフシのあるモルディブは、インド洋に浮かぶ環礁や島々から成る魅惑の地である。
他国からのジェット機が乗り入れる首都のマレからリゾート施設のある島までは、水上飛行機がタクシー代わりとなる。
実際、赤と白でペイントされた飛行機の会社名は「Maldivian Air Taxi(モルディビアン エアー タクシー)」という。
私の生活基準で考えると、タクシーが飛行機では不便なことだろうと思ってしまう。
しかし、リゾート、 しかもプライベート感あふれるリゾートへの門前と考えると、モルディブのタクシー(水上飛行機)乗り場は
人を高揚させるものとして、自然の中に組み込まれた、この上のない大仕掛けであろう。
ソネバフシへの道のりは、空港前のタクシー(水上飛行機)乗り場で、訪れる者が抱いてくるリゾートへの憧憬を、
水上飛行機が海面から離れる時のようにフワリとした感覚で押し上げてくれる。
タクシー(水上飛行機)の乗り心地は、決して良いものではない。そのエンジン音と相まって、私の高まる気持ちをおさめてくれるもの
だった。しかし、高度が高まってくると再び私に高揚感を与えてくれたのだ。
事前に読んだ観光ガイドに、英語名「 Maldives 」はサンスクリット語で 「島々の花輪」を意味することに由来するという記述があった。
そして、海空から映るモルディプの眺めを見て、その説明に納得した。コバルトブルーの海をベースに、島が点在し、島の周りを
珊瑚礁が輪を描くように囲んでいる。その輪が翡翠を透かして見たような色合いに映り、確かに花輪が並んでいるように美しい。
自然の美しさに慣れていない私などには、美しいアクセサリーやテキスタイルを観ているかのようであり、ガイドの情報を
思い起こせば、まさに地球へ贈られた花輪のようにも映った。
この地は、やはり現実ではなく、映画、アニメの世界なのか。
けたたましいエンジン音と振動に包まれながら、宮崎駿さんの描く世界にワープしたよう心地だった。
パイロットを見ると、地元の若人風で、端正な顔立ちにミラーコーティングされたティアドロップ型のサングラスにパイロットシャツという
パイロット然とした精悍ないでたちだ。ところが、視線を落とすと、バミューダパンツにビーチサンダルという、私の持つパイロットの
イメージと比較すると冗談のようだ。だって、やっぱり、状況としてはこの身をお預けしている。そして私は飛行機が苦手だ。
そうだ、これはアニメの世界に迷い込んだのだと胸の中でうなずき、パイロットのサングラスに写る島々の花輪を見つめていたら、
エアコン代わりの小さい扇風機からのゆるい風が私のサングラスの中に巻き込まれてきた。
まばたきするたびに、私の何かがゆるんでいく感覚。私はモルディブに来たのだ。