「 ソネバフシへ 」
第七章 ナッティーバナナ
自転車を飛ばして、ちょっと道に迷って、朝食をいただくメインレストランにつくと、浜辺の公園にテーブルと椅子が点在して、
その公園を囲むようにレストランの建屋があるというようなオープンな光景があった。
建屋といっても屋根はあるが基本的にドアも窓もない。
何組かの先客が朝食をとる光景は、島のオアシスに一日のエネルギーを補充しに集っているように映る。
その楽園の光景には、降り注ぐ朝のやさしい光の感じにぴったりな微妙な暖かさを感じた。
浜辺に近い席に付くと、「お飲み物はいかがしますか?」と聞かれた。
私は、ホテルでの朝食にはオレンジジュースと決めているのだが、「おすすめは?」と聞くと、心を揺さぶられるジュースを
言ってくれた。おすすめに従い、“ナッティバナナ”を注文した。
料理をいただきに立とうとしたら、足元にウサギがいた。
青い海と白い砂浜ときたら、組み合わせとしては愛らしいカニか白い海鳥あたりが予定調和だ。
ウサギとは意外だ。「海ウサギか・・」とつぶやいたら、“ヒョコヒョコ”と歩いて離れて行った。
私の見たところでは“ピョンピョン”とではない。気候的に跳ねる気にはならないのだろうか。
聞いたら、島に住んでいる野生のウサギで、それぞれに縄張りがあるそうだ。
メインレストランを縄張りにしているウサギは、食いしん坊でかつ人間に対して神経質ではないということか。
ともあれ、やはりこの場所は島のオアシスなのだと確信した。
“ナッティーバナナ”がテーブルに運ばれて来た。斜めに立つ洒落たデザインのグラスに注がれている。
ストローから口に含むと、バナナの甘さにソイミルクのコクが混ざり、甘さの裏でモルディブの松の実やココナッツミルクなど
南国の素材が存在を示してくる。甘美というのがぴったりとはまる。その時の私の心身の状態、そしてソネバフシの空気や風、光など、
全てがミキシングされた味わいが私の中で生まれた。私はすっかりナッティーバナナに惚れこんでしまった。
モルディブはイスラム教徒の国だ。イスラム教徒は飲酒をしない。気候の問題もあるだろうが、飲酒をしない地域では、男性も意外と
甘い飲み物を好むように思う。ウエイターの彼が甘美なナッティーバナナをすすめたのは、それがその土地や環境において、
本当に美味しさを発揮するものだったからだと思う。この地で、空気で、風で飲むにふさわしい飲み物であったということだろう。
ナッティーバナナの姿は、南国の自然に溶け込む乳白色で、斜めに立つ小粋なグラスに収められ、
ソネバフシの外気では朝でも時間とともにグラスは水滴をまとっていく。
ストローもファストフード店などのそれとは異なり、コーディネイトしたかのように薄い生成色の物が刺さっているのだ。
そんな美しくも優雅な佇まいのナッティーバナナを楽しみ、飲み終わる頃になって気がついた。
ストローの飲み口の部分がやや柔らかくなってきている。手で触ってみると、ストローは再生可能な紙で作られていたのだ。
ソネバフシのエコロジーの実践はさりげなくお洒落でインテリジェントなものであった。
かくして、滞在中の食事のお伴は、人懐こい足元のウサギと“ナッティーバナナ”になった。