「 ソネバフシへ 」

第二章 NO SHOES NO NEWS

私を乗せたモルディブ名物のタクシー(水上飛行機)は、海上に浮かぶイカダのような停留所に着いた。

どうやらここへ各リゾートからお迎えのボートが来るらしい。十数名がそれぞれの目指す楽園からの迎えを待っていたが、

ソネバフシからのボートは最後に来た。

ボートを操るのは二人の男。ラガーマンのような体格に白い麻のシャツと白いショートパンツ。

パンツにしているウエスタン風のデザインを施した茶の革ベルトが良い風合いにエージングされており、お洒落感がある。

そのファッションと姿はどこか品の良さを漂わせていた。これまで迎えにきていたリゾートのスタッフよりも、あきらかにカッコいい。

停留所からお迎えのスピードボートで約20分というソネバフシへの期待がここでも高まる。

 

ボートに乗り込むと、「滞在のお世話をいたしますナツミです」と、日本語で小柄な女性が挨拶をしてくれた。

ソネバフシ唯一の日本人スタッフであった。やはり麻の白いウェアを着ている。日焼けした笑顔での日本語の挨拶に、

素直にホッとさせられた。

強烈な風を受け、時に水しぶきも受けながらインド洋をスピードボートで疾走すると、日本からのフライトで疲れた心身が覚醒する。

ナツミさんが、「今日は日没までサンドバンクでカクテルパーティーを開催していますので、チェックインする前に立ち寄りませんか」と

すすめてくれた。「もちろん」と答えると、「よかったら靴を脱いでこちらへ。お荷物と一緒にお部屋にお持ちしておきます」といって、

ソネバを目指す者なら誰もが知っている靴袋を差し出してくれた。

袋には“NO NEWS NO SHOES ”とプリントが施してある。 ソネバは、ソネバのスローライフ哲学に基づき、テレビや新聞等の“NEWS”や窮屈な“靴”から解放されたリゾートライフを提唱している。まだその時は、“NO NEWS NO SHOES ”とういう言葉を、

リゾートをリラックスして楽しんで欲しいと言う一種のスローガンだと思っていた。

ソネバの作法とばかりに喜んで靴を脱ぎ、袋に収めた。その靴を再び履くのは帰りのボートでのことになった。

 

白い砂浜だけの小さな三日月型の砂洲・サンドバンクが見えて来た。全長300~400メートル程の可愛い無人島だ。

白い砂浜でソネバフシの先輩ゲストたちが杯をかたむける姿がはっきりと見えて来て、ボートが岸に着くと、

カッコいいスタッフが上陸の階段を降ろしてくれた。

右足からサンドバンクの砂浜を素足で踏みしめた。心で「NO SHOES」とつぶやいだが、

私の足裏はその言葉が意味するところをリアルに感じはじめた。

砂と言っても主に珊瑚が砂状になったものである。私の、特に土ふまずや指の間など皮膚のやわらかな部分を

チクチクと刺激する。踏みしめるごとに、その刺激と踏み押さえた砂がグゥグゥと圧縮され沈むような感触が得られる。

その新鮮な感覚を楽しみたくなり、わざと一歩一歩踏みしめるように歩き回る。

スタッフがふるまってくれるシャンパンを手に、白い砂浜と青い海、青い空だけで構成された空間で、

足裏への刺激と砂圧のマッサージを楽しんでいると、肉体的にも長い移動の疲れが癒され、

日没とともにソネバフシが「ここでゆっくり休むがよい」と語りかけてきているような気がした。

小島での宴は日没から一番星が輝く頃に終わり、暗闇に移行する前のほんのわずかな時間、あたりがクールな青紫の空気に

包まれた。真昼の万物の情熱をさまし、休ませようとする自然の作用なのか、旅人の高揚する気持ちも涼しく落ち着つかせてくれた。

同時に、サンドバンクの砂浜には、スタッフが灯した小さな灯篭が点々とともり、ゆらめく明りがやさしさくおやすみの挨拶をしてくれて

いるようにも感じた。