「 ソネバフシへ 」

第八章 チョコレートハウス

リゾートでの楽しみの一つに食事はかかせない。

ラグジュアリーリゾートは世界に数あれども、ソネバフシのそれはちょっと違う。その違いを分かりやすく提示できるのが

「チョコレートハウス」の存在だ。名前の通りに、パティシエが創意を凝らしたチョコレート菓子がずらりと並ぶ館である。

洗練されたガラス張りの一棟の館が全部チョコレートのために存在している。

香辛料が効いた料理を食べると、チョコレート好きは、どこであろうとも欲しくなるものだ。普通に考えれば、「常夏のリゾートに来てまで

チョコレートを食べなくてもいいよね」とつぶやき、ないものねだりをいさめなくてはならないところだ。

ところがソネバフシは、チョコレート好きの欲をかなえてくれているのだ。

 

日本では子どものおやつの延長でチョコレートを概ね論じてしまうが、ヨーロッパでは大人の嗜好品として古くからチョコレート文化が

形成されている。ソネバフシのチョコレートに対するアプローチは、ラグジュアリーリゾートとしてむしろグローバルスタンダードだろう。

しかし、ここは年間平均気温が30度前後のモルディブ。モルディブの環境はチョコレートにとってスタンダードではないことは明白

である。チョコレートハウスのドアを開けると、一気に緯度が変わった様な冷気を全身で浴びる。

ハウスの中は日本製のエアコンで20度以下に保たれていた。各種のフレーバーやナッツ類と合わせた趣向を凝らしたチョコレートが

並んでいる。どんなに好きでも全種類を味わうことはできない数だ。

粒チョコレートが整列するケースの後方には、大型のチョコレート細工が飾られ、入室したゲストはヒンヤリとした体感とともに現実を

飛び越え、夢のチョコレート工場にワープしたように思う。そんな現実と夢の狭間に「チョコレートハウス」は存在する。

しかも、朝から夜までレストランの営業時間帯はいつでもオープンしており、ゲストはいつでもいくらでもチョコレートが食せるのだ。

 

ハウスの外は太陽が輝く気温30度で、ハウスからわずかなところに、エメラルドの海から白波が寄せ、ゲストは概ね短パンにTシャツ、

裸足である。ハウスの中で、指の温度でも溶けだしそうな上質なチョコレートをつまみ、口に含む。

人間はギャップが大きいほど驚きがあり、驚きは人間にとってご馳走の一つと聞く。ソネバフシが実現してくれた、常夏の島で本格的なチョコレートをいただくというギャップは、喜びと癒しを求めてリゾートを訪れるゲストへ、チョコレート以上のご馳走を提供している。

海からあがり、砂浜をヴィラに向かって歩く。ガラス張りの童話に出てきそうなチョコレートハウスが視界に入ってきたときのあのワクワク感。童話の中の主人公になったようで、子供のころの純粋な憧れや空想を、大人になってかなえてもらえた錯覚に陥る。

これこそがラグジュアリーというものなのだろう。

 

いく度もチョコレートハウスに足を運んだことは言うまでもない。朝にはチョコレートを使ったデニッシュが、夜にはフルーツを使った

お酒とも合いそうなチョコレートが、1日のその時間にふさわしいチョコレートが並ぶのだ。ある時、パッションフルーツを練り込んだ

プラリネをセミスイートなチョコレートで包んだ粒チョコをその場で一つ口に放り込んだら、メインレストランの庭を縄張りにしている

ウサギがドアの向こうから丸い目で私を見つめていた。

なんだか気恥ずかしさがよぎった。きっと、ウサギにも気恥ずかしいくらい、不相応な贅を尽くしている気持ちだったのだろう。

夢の中で、「チョコレートハウス」をもう一度こっそりと訪ねてみたい。