「 ソネバフシへ 」

第十章 トイレとラグジュアリー

メインレストランでトイレを案内されて歩いていくと、板張りの緩やかな勾配のアプローチを備えた大きなヴィラが建っていた。

アプローチを上がってドアを開けると、小部屋になっていて、さらに奥の部屋へとつながるドアがある。

そのドアを開けると12畳ほどの空間が広がる。半分は板張り、半分は樹木が群生する庭になっている。

庭部分に天井はない。そのような作りだから、自然と目線が前方斜め上に向く。入った瞬間には、天井が空に抜けているため、

入ったはずなのに再び外に出てしまったような驚きがある。

ところが、板の間部分を見渡すと、クラシックな雰囲気の洗面台が備えてあり、その向こうに便器も確認できると、

ここが本当にトイレであると理解できた。腰を下ろすと庭部分の樹木、目線を上げると青空だ。

壁の向こうから鳥の鳴き声も届いてくる。ここもまた楽園だった。

 

トイレは特に磨きあげておくべしというような美学を日本人は持っている。ソネバフシの中にあって、最大と思わしきこのトイレも、

もちろん清潔である。日本人の私は、例えば、トイレが磨きあげられた旅館は、部屋や廊下にいたるまで磨きあげられ、

隅々まで品格を携えて設えられていると感じることがある。ソネバフシのこのトイレにラグジュアリーを感じた私は、今回の滞在でソネバフシの全てを体験し、味わいつくすことはできなくても、ソネバフシの全てにラグジュアリーが貫かれ、浸み込んでいることを確信する

にいたったのである。

 

もうひとつ、忘れられないトイレがある。ガーデンレストランのトイレだ。

このレストランは、ジャングルと菜園の中にやぐらを組んだ上に存在する。モルディブ一高いところにあるレストランらしく、

ジャングルの空中に浮いたように建てられている。ソネバフシの中のレストランでもとりわけ人気が高いと聞いた。

このレストランのエリアからさらに階段を上がったところに円形のシェルターのようなトイレがあるのだ。

さほど広くはないもので、私などには落ち着く広さだ。屋根は全面にあるが、窓からジャングルと夜空が拝める自然融合スタイルは

メインレストランやヴィラのそれと共通だ。

 

看板に何やら書かれている。「美味しいものを食べた後、ぜひご協力ください」

便器をみた瞬間、驚いた。日本で言うところのいわゆる「ぽっちゃん便所」だった。

便器の横には坪と柄杓のようなものが置いてある。用をたした後、坪の中の土を柄杓で救い、便器の中に落とす。

ソネバフシで美味しくいただい食事は、便器から真下の土に帰って、新鮮な食物を育てる良質な肥料となる仕組みになっていた。

普段は頭でしか理解していないような正しい自然のサイクルを、素直に体で教えられ且つ理解できたように思えた。

その何かがわかったような気持ちは清々しかった。食事が一層に美味しく感じた。ソネバフシが私の師にもなってくれたようだ。