「 ソネバフシへ 」
第四章 シートランペット
瞼の向こうの明るさを感じて目を開けると、海側の窓から波の音と朝日が真っ白な蚊帳を抜けて
柔らかく私の身体に届いていることを認識した。日本の都会暮らしでは見ることもなくなった蚊帳がベッドの上から吊ってあり、
それが光や風、音までを良い具合にやさしくして身体に届けてくれるのだ。寝る前に仕掛けたアラームが鳴る前だったが、
朝日という南国のモーニングコールに従って起き上がった。
波の音と朝の光に自然と誘われて、ヴィラの庭に出た。庭といっても海はすぐそこ、砂浜の延長のような感覚だ。
しかし、庭部分は樹木で囲われていて、プライベートが守られている。長さ6メートルほどの楕円形のプールがあり、
プールサイドには木製の机と椅子、シャワーがある。そして、庭に立つ2本の太い樹木はハンモックがかけられている。
庭を囲っている樹木の正面には、海へとつながる道が抜けている。
庭から10メールも行かぬうちに波打ち際である。海の気配だけではなく、海と共に過ごしていることを実感させてくれる。
砕ける白い波も庭から確認できるのだ。
寝起きとともに飛び出した庭には、オレンジの花がパラパラと添えられていた。白い砂の上に愛らしいラッパの形をした
オレンジの花が、波打ち際へと抜ける道に、まるでにわか雨として降ってきたかのように散らばっていた。
「花を撒いて下さるなんて、南国の女王様気分!」と感激し、私は落ち花がソネバフシの粋なはからいだと思っていた。
しかし、スタッフに聞いてみると、意図的ではなく自然に散ったものだという。あの花のにわか雨は、島の歓迎だったのだ。
海まで出ると、早朝の風が寝ぼけた体を良い具合にさましてくれる。
白い砂浜に澄んだ海水が浸み込んでいく波打ち際の様を見ていると、海につかりたくなった。
Tシャツと短パン姿の私は、気にせず海に向かって足を進めた。腰くらいの深さのところで、温泉のように首まで海につかり、
波の穏やかな圧に身をゆだねてみた。“朝の海風呂”である。これがソネバフシ滞在中の朝の楽しみになった。
海風呂から上がってくると、綺麗なヤドカリと目があった。
探索するとここかしこで島との対話が楽しめるのがソネバフシの魅力の一つだ。ヴィラの中であってもその楽しみは同じだった。
ヴィラの中では、オープンエアのスペースがある。外であっても外ではない場所。島との対話を存分に楽しむことができる。
“外であっても外でない”なぞなぞのようなことを言っているが、ヴィラのバスとトイレ、洗面などがその場所になる。
私の滞在したヴィラは、ベッド&リビングルームを中心に、海側に庭とプールがあり、島側にクローゼットルームなどを通じて
バスやトイレなどがある間取りだ。
バスやトイレのある“部屋”に通じるドアを開けると、10畳くらいの板張りスペースに大きなソファーベットが据えてあり、
その向こうには水を張った池、池の水面すれすれにバスタブが埋めてある。バスタブにお湯を張ると、まるで池と一体になったか
のように見える。池には飛び石が設けられていて、池の向こうは木々が茂り、中にシャワーが一つ設置されている。
そして、この“部屋”には屋根がない。
トイレや洗面の部分にはあるのだが、池とバスタブとなる部分にはなく、板張り部分との境に仕切りもない。
木々の茂る向こうに壁もない。
部屋のようであり、部屋ではない― 最初はいささか不安感もよぎるのだが、ライトに頼らない天井からの光、太陽はもちろん
月明かりもなかなか明るいものだと気づく。星明かりは優雅だ。時には暗闇も素敵である。
そこに鳥の鳴き声や虫の音色などが乗ってくることを楽しむ。ヴィラの中にあっても、島との対話がすぐにこなせるようになった。
島に到着した時、自然にNEWSとSHOESを手放せたように、ソネバはこの「部屋のようであり部屋ではない」空間に自然に私を導き、
都会で忙しくして硬くなっていた私の心をほぐしてくれた。
あるものへ導かれるまでの過程で感じるこの感覚こそが、ラグジュアリーなリゾートの質なのだ。
庭に散りばめられたオレンジの花について、お世話をしてくれているナツミに名前をたずねた。
しかし、辺りによく咲いているが名は気にしたことがないという。花の名前を尋ねるなんて気取ってしまったが、
今の都会の生活では、花の名前を気にとめるような時は少ない。花を愛でるような風流な時間も貴重なものとなってしまった。
そのオレンジの小さな花が、名前まで気になったのもソネバの効用であろうか。何か大切なものを取り戻したような感覚を得た。
そして、ナツミが仲間に聞いて教えてくれた花の名前は「シートランペット」。
ソネバフシの朝は、オレンジ色の可愛らしいトランペットが静かに奏でるモーニングコールで目覚められるということになる。
言い得て妙な名前にうならされつつ、ナツミの運転するバギーに揺られながら楽園を感じた。